ホスピタルアート実践レポート
01 ~始動の経緯~
人の生老病死すべてに立ち会う『病院』ほど、大切な場所はないかもしれない。
ならばそこは、どこよりもいやされる温かな空間であってほしい、と心から願うようになった。
そのきっかけは、生死の境をさまよった母の入院生活だった。
健康な自分でさえ、無機質な空間にエネルギーが吸い取られていく。
まして心身ともに不調の患者は?そしてここで毎日勤務する病院職員こそ、
もっとやさしい空間が必要に違いない。それには、美術館で培った自分の経験が
役に立つのでは?と走り出したのがホスピタルアートである。
病院のアメニティが高く求められる昨今、本活動も多様な広がりと展開を見せるようになってきた。
しかし始動に至るまでは、病院の特性に戸惑うことも多かった。
逆に多くのご教示や応援もいただいた。なかでも、自ら末期癌と闘いながら、
「病気に苦しむ人の役に立ちたい」と加わったアーティスト、
一瀬(いちせ)晴美(はるみ)さんの存在は大きい。
今年1月に亡くなるまでの2年間、彼女は病院に求めるものを患者側からの視点で示し、
実に多くのことを教えてくれた。
それを大切に、温かな病院環境づくりの一助となりたいと改めて思う。
さて現在、以下の活動をしている。
①院内アートプロジェクト-患者・病院職員・ボランティアなど協働で行うアートの院内リノベーション。
壁画やヒーリングガーデンの制作等
②院内アートプログラム-患者や病院職員対象に行うワークショップ。絵画・彫刻・陶芸・人形制作等
③院内展覧会・コンサートの開催
いずれも病院関係者と患者、子ども、ボランティア、アーティストや地元住民の間に
温かなコミュニケーションが生まれ、爽やかな感動を覚える。
そして以上に加え、最近はアート作品の設置やコーディネート、コンサルタントも求められてきている。
では各活動の具体的事例は、次号から紹介させていただきたいと思う。
月刊「病院」(医学書院)2005年7月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
02 ~心つなぐあなたの笑顔~
「まず始める。そして止めない。」
埼玉県済生会栗橋病院本田副院長の言葉通り、本院とのホスピタルアート活動は、
その出会いから瞬く間にスタートし、もう2年になる。
今回はその中から室内型の活動2例をご紹介したい。
「アートロビープロジェクト」
患者が多く過ごす受付待合スペースを和らげたいという希望で行ったのが、
アートロビープロジェクトである。
まず受付カウンター前面のタイル壁に爽やかなミントグリーン、
背面の壁に優しいラベンダー色で小さなハートを描くことから始まった。
患者や職員、子ども達と賑やかに仕上げたパステルの壁。
中央にはアーティスト一瀬晴美さんが描いた一対の大型キャンバス画を設置して
プロジェクトが完成した。
その絵は、院内募集で選ばれた言葉「心つなぐあなたの笑顔」で語りかける。
以来、ここを見ることが、本院を訪れる自分の楽しみの一つにもなっている。
「プレイルームプロジェクト」
昨年2月には、小児病棟の遊び場、プレイルームをもっと楽しい環境にしたいと、
壁画や天井画を描いた。
ミッフィ-は?いやアンパンマンがいい!と様々な意見交換後、
最終的には大きな空と草むらと花とカラフルな虫たちというのんきな絵を描くことになった。
入院中の子ども達もとても楽しみにしていたらしい。
熱が下がって急に元気になった子もいれば、お母さんにせがんで早くから待っている幼児もいた。
普段はコワそうな先生もペンキだらけ。先生に抱っこされ高い所に描く子どもはご満悦だ。
当日ボランティアで参加してくれたTVニュースキャスターの安藤さんは、
この情景をユニバーサルデザインだと指摘してくださった。
立場や年齢、性差を越えた生身の人間同士として心通じるひとときが、
病院内でこそ大切なのではないかと、私は常々考えている。
月刊「病院」(医学書院)2005年8月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
03 ~リラックスできる環境づくり~
病院へ行く時は少し弱気だったりする。
そんなナイーブな心も軽くしてくれるような、やさしいアプローチが今、
病院に求められていると思う。
今回は、病院の外回りに楽しさと親しみを加え、
出入する来院者や職員がリラックスできる環境作りに取り組んだ例を、ご紹介したいと思う。
「アートベンチプロジェクト」
病院外庭のベンチはとても大切だ。
休息と気分転換とコミュニケーションの拠点になる。
そのベンチを愛らしい動物の背もたれでリノベーションしたのがアートベンチプロジェクトである。
この日は、埼玉純真女子短期大学の深作先生と学生十数名、
またJT社会貢献室の加藤さんも取材方々参加され、職員やその家族も加わっての賑やかな活動になった。
アーティストの小林梨風さんのデザイン画に沿って、犬や猫や牛の形にボードを切り抜き彩色し、
元からあったベンチにつけたら完成。制作過程では、今時の学生が恋の憧れを語るかと思えば、
脳血栓から回復した患者さんと本田宏副院長が私生活を語り合う。微笑ましい情景があちこちで見られた。次々仕上がる動物ベンチには、子ども達の歓声があがった。
円形のレストエリアに設置すると雰囲気は一変した。
パッと元気になった空間に、参加者みんながはしゃいでいる。
ちょっと幸せな空間がここに誕生した。
「アートサインプロジェクト」
外庭に今は無用の看板が立っていた。病院設立時の人員募集の看板。
それを撤去する替わりに絵を描くことにした。
病院に入る時は「ようこそ」の絵を、出る時は「おだいじに」の絵を患者さんは見ることになる。
また駅や駐車場など、必要な情報を知らせる楽しいイラストの表示版も設置した。
これにはコスモ石油の社員ボランティアも大活躍をしてくれた。
最近の活動には、こうした院外の参加者も増えて楽しみだ。
月刊「病院」(医学書院)2005年9月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
04 ~和みはこぶガーデニング~
子どもの頃、紫陽花が咲くと母がいつも話す思い出があった。
病院の庭で長い髪を梳る不治の病の患者さんと、その傍らで咲く紫陽花の美しさである。
それは命の儚さと同時に生の輝きの象徴として私の記憶に重なった。
当時、結核の入院患者で溢れていたらしい祖父の病院は、外周を庭園にしていた。
四季折々の木や花々が咲き乱れ、池には鯉やザリガニ、片隅の小屋にはブタや犬が飼われていた。
そこを遊び場に過ごす夏休みには、散歩や日光浴で和む患者さんといつも行き交った。
病院には植物や生き物が必要だという自分の感覚は、この時養われたのだと思う。
「アートガーデニングプロジェクト」
病院の庭やベランダを花で彩る花化計画が、済生会栗橋病院で実施された。
昨年秋と今年春の2回。プランターも自分達オリジナルにデザイン制作した。
初回は雨模様の寒い日だったが、ボランティア参加のユニクロ社員の方々から
ネックウォーマーのプレゼントで、参加者の心も身体もぽかぽかになった。
2回目はコスモ石油社員の方々や医・薬学を学ぶ大学生達、他院職員なども参加され
一段と輪が広がった。共に土いじりをすると素の人間同士になる。それが嬉しい。
植え終えた可憐な花を眺める顔は一様に和み、ここにまた協働のコラボレーションが加わった。
こうした活動はまだ日本で珍しい。
患者側の絶大なる応援に比して、病院側の参加がなかなか得られなかった。病院は本当に忙しいのだ。
そんな中で本院と私をつないだコムケアセンターの佐藤修さんには心から感謝している。
初めて本院を訪れた時、本田宏副院長と事務方の宮澤隆美さん、黒澤正剛さんが
私の提案を真っ直ぐ受け止めて下さった。各自病院に対する夢を語り合った時、
心通じた喜びを感じた。
その後の展開には、温かく寛容な遠藤康弘院長の応援が大きな要となっている。
月刊「病院」(医学書院)2005年10月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
05 ~雨、のち晴れ~
私達のホスピタルアート活動は、病院のリノベーション・プロジェクトに加え、
患者さんや病院職員対象のアートプログラムも行う。
その1例に、NTT東日本関東病院精神科作業療法との共同プログラムをご紹介したい。
それは病院とNPO団体が、医術と美術の専門分野を互いにカバーし合いながら
共同で行う希な活動といえる。気分障害や統合失調症、痴呆症や摂食障害など、
症状の様々な精神神経科の入院・通院患者さん対象に、
作業療法の一環でアートプログラムを毎月行い、2年になる。
プログラム終了毎に作業療法士の岡崎渉先生から精神病の特別講義も頂いてきた。
そして、人一倍真面目で繊細であるがゆえに、何らかの精神疾患を抱えざるをえなかった方々を知り、
隠れた芸術家に出会い、彼らの新鮮な作品にいちいち感動してきた。
例えば、元ジャズミュージシャンの男性は、紙の上にも天才的なインプロビゼーションを奏でた。
チャーミングな女性は、まるで指先から花を咲かせる様に色を巧みに操った。
ずっと身を硬くして動かなかった自閉傾向の男性が初めて描いた時の、
内に充満したエネルギーも印象的だった。彼はまるでゴッホの如く、強く情熱的に表現した。
また知的で清楚な女性は、具象的な描写力が抜群で、いつも彼女の周りには賞賛のため息がこぼれた。
そして大切な思い出もある。若い男性がやけ気味に描き終えた濃紺の絵。
何かと聞くと、「どしゃ降りの雨。急に降られてどうしようもない。人生何度かあるでしょ?こんなこと。」その彼が最後にもう一枚描いた絵が、紙一面の黄色い太陽。
それはまるで、人生を前向きに切り替えようとする「雨、のち晴れ」に思えた。
アートで患者さんに心やすらぐ時間を提供したいと始めた活動が、
気づけば繊細で心優しい人々に私たちが癒され、教えられていることも多いのだ。
月刊「病院」(医学書院)2005年11月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
06 ~ハッピーメリークリスマス展~
ホスピタルアート活動の同志であったアーティストの一瀬晴美さんが、
最晩年に制作していたのが布人形だった。
入院中のベッドの上から、様々な表情の愛らしい人形をたくさん創っていた。
その自由で楽しい人形創りを他の患者さんにも伝えたいと考え、
NTT東日本関東病院精神科作業療法のアートプログラムとして実施した。
布の手触りには、温かみと安堵感があるようだ。
絵を描くことには少し抵抗感がある高齢の女性も、楽しそうに布選びから始めた。
これには参加しないと予想した男性たちも創作意欲を発揮され、
火を噴くドラゴンや等身大の案山子などハードボイルドな作品で驚かせてくれた。
女性たちも箒に乗った魔女や鶏の親子、サンタクロースやお包みされた赤ちゃんなど、
それぞれが大事にいとおしむ、世界に一つだけの人形を創り出していった。
その間、患者さんたちと一瀬さんには互いの作品を紹介することで、
別の病院にいながらにしてできる作品を通じてのコミュニケーション、あたたかな心の交流を願った。
そして半年後、一瀬晴美さんと患者さんたちの作品は、
「ハッピーメリークリスマス展」として見事にコラボレーションされた。昨年12月のことである。
一つ一つ大切な願いがこもった人形で飾られる大きなクリスマスツリー。
みんなの共同作品といえるそのツリーを飾り完成させることができることを、
私たちはとても幸せな作業に感じた。
手づくり作品のぬくもりは、展示最中もたくさんの人々を引き寄せた。
人形が欲しそうな子どもや「すごいね!」と賞賛する男性。
「私も創りたいなあ。」と娘さん。瞬く間に人が繋がっていく。
展示の仕上げ中には落合慈之院長先生たちが通り掛かり
「ああ、きれいだなあ~。」と喜んで下さった。
私たちもみんなの作品をもう一度美しいと感じた。
さて今年のクリスマスも楽しみだ。
月刊「病院」(医学書院)2005年12月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
07 ~Happy Doll Project~
今年、私たちのホスピタルアート活動は、また新たなアプローチに取り組もうとしている。
それは全国の病院を繋ぐアートプロジェクトの展開である。
各地の子ども達を結ぶ美術活動や、美術館を巡回する展覧会は経験済みだ。
しかし、外出しにくい患者さんや病院職員がいる場所にこそ心和らぐ活動を届けたい。
そして病院の枠を越えて、人と人の心が繋がる楽しさを運ぶことが出来たらどんなにすてきだろうか?
このドールプロジェクトは、各院で思い思いにマスコット人形を制作し、各院で展示し、
最後に全点集めた合同展覧会も行う趣旨だ。
途中、各院での展示には、それまで制作された他院の作品も次々加えられていくので、
徐々に作品点数は増えていく。世界に一つだけの人形が五百点、千点と並ぶ光景はどんなにか楽しく、
また壮観だろう。
ドールプロジェクトのきっかけは、アーティストの一瀬晴美さんにある。
癌末期で余命宣告を受けた後、彼女は人形作りを始めた。
そこでドールプロジェクトを提案した。人形を百点作って展覧会を開こう!と。
彼女は最期まで、その作業を楽しんでいたと思う。
「今、生きてることが嬉しくて、楽しくて!寝込んでる暇が無い程バンバン作品作ります!」
予告された時期より彼女は7ヶ月も長く生きたのだ。このプロジェクトは、
病院環境をより温かな雰囲気にしたいと望んだ一瀬さんと、引続き夢追う楽しい挑戦でもある。
参加ご希望の病院へは、ご連絡いただければ全国どこへでも材料持参で伺う。
小児科や精神科、ホスピスの患者さんや病院職員の方々と、ベッドの上でもできる楽しい作業なので、
ぜひ参加していただけたら嬉しい。合同展は10月頃を予定している。
きっと様々な心のふれあいや小さなドラマがたくさん待ち受けているに違いないと、
今後の展開をとても楽しみにしている。
月刊「病院」(医学書院)2006年1月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
08 ~海を越えたホスピタルアート~
感動の瞬間を共有する時、人々の間を隔てる国境、言語や文化の違いさえ易々と超えて、
心がひとつになれる!病院で、そんなすてきな体験をした。
2005年8月。遠い国ポーランドから世界的な絵本画家のウィルコンさんが来日した。
ポーランドでは彼を知らない人はいない。
文化勲章も受賞したアート界のボスで、心温かくユーモア溢れる人気者だ。
そんな彼が、私達のホスピタルアート活動に共鳴し、
済生会栗橋病院で行われたプロジェクトに参加してくれたのだ。
病院でのアート活動が初めての彼は、患者さんや病院が求めるもの、当日制作するもの、
そして施設の現状を考えつつ、当日まで何枚もスケッチを重ねながら一緒に準備を進めてくれた。
当初は、設置予定の壁に合わせた1.6X3.9mのキャンバス画1点を制作の予定が、
まるで皆、ウィルコンさんの魔法にかかったように夢中で筆を運ぶうち、2点の巨大な壁画が誕生した。
1点は海中を泳ぐ色とりどりの魚の絵。そしてもう1点は、月に向かってV字に飛翔する渡り鳥の群れ。
日本人なら誰もが懐かしいモチーフであった。
当日は当院の患者さんや職員に加え、ウィルコンファンの絵本作家や美大生、
また仙台の病院長なども参加された。点滴をつけ重症らしい患者さんもしばらく見学後、
回りの誘いに乗っておずおず描き始めると明らかに表情が和らぎ、顔色も良くなった。
そして鳥の絵がほぼ完成の時、ウィルコンさんはこの患者さんに言った。
「金色の月の中に、あなたの名前を書いてください。」
「え?私が書いていいの?」
「もちろん。」
「これはずっと残りますね。今日のことは一生忘れない。」
と言ってぽろぽろ涙をこぼした。付添いの看護士さんも涙ぐみ、ウィルコンさんの目も赤くなり、
私たちも皆泣きながら共同作品を仕上げた。感動的な1日であった。
月刊「病院」(医学書院)2006年2月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
09 ~上を向いて歩こう~
長期にわたる入院と闘病生活を続ける人に、今一番したいことをたずねたら、意外な答えが返ってきた。
「人が喜ぶこと、だれかの役に立つことをしたい!」
それは人間を元気にする源のひとつであるようだ。
重症な人ほど、自分ひとりでは身の回りのことさえ何ひとつできなくなる。
看護師さんや家族など、人にしてもらうばかりで自分が何もできない無力感と、
誰にも必要とされない孤独感を感じるのだという。
「自分にもまだできることが残されている!人の役に立つ!と思うと力が湧いてくるの。」
そう言った末期癌のアーティスト、一瀬晴美さんと、済生会栗橋病院内でアートスライドショーを行った。
まずは彼女に教わりながら、患者さんや家族、職員がそれぞれ、
自分が美しいと思う世界を万華鏡のようにフィルムの中に閉じ込める制作作業を行なった。
そうして仕上がったスライド50枚と一瀬さんの作品30枚による、夏の午後のスライドショー。
ミュージシャンのチャーリー高橋氏も即興生演奏で不思議なBGMを奏でてくれた。
スライドが換わる毎に誰の制作か尋ねると、患児が誇らしげに、女性の患者さんは嬉しそうに、
また男性職員が照れながら手を上げた。みんなで創った和やかな時間。
途中、次々増える入院患者さんの器具に必要な電気コンセントが足りなくなったり、
車椅子の出入りスペースが想像以上に必要だったりと、実施して初めて気付く点も多かった。
後半は望月沙矢佳さんの童謡をうっとり聞くコンサートになった。
そして最後は、外科手術前のわずかな時間に駆けつけてくださった本田宏先生の先導の下、
参加者全員で「上を向いて歩こう」を歌った。
患者も先生も看護師も、ひとりの人間として平らに心つながった2年前のあのひとときは、
一瀬さんの笑顔と共に今も忘れられない。
月刊「病院」(医学書院)2006年3月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
10 ~つどい、つくり、つながるひととき~
「参加者の方々は、作ることを本当に楽しんでくれるだろうか?」
そんな疑問を胸に、品川の知的障害者施設、第一かもめ園へと向かった。
この施設へは普段、陶芸サークルのボランティアとして通っている。
今回の人形作りは、広く他の利用者にも呼びかけていただいた。
しかし陶芸の常連さん以外はもの作りに無関心そうで、いつも無表情な方が多いように感じていたのだ。
当日は、それぞれ違った個性や障害を持つ方々14人が、同時にサポートを求めてきたので、
私たちスタッフ4人は対応に大忙しのスタートだった。
でもいったん作り始めると、みんな驚くほど一生懸命。とても集中している。
「なに?俺に人形作れっていうの?」とでも言いたげな冷めた顔の年配の男性も、
気づくとニコニコしながらお魚やナスのぬいぐるみを作っていた。
それが得意気でかわいい。耳が不自由でいつも無表情の女性は、
器用な手先を活かしてウサギやネコなどいくつも作っていた。
そしてめったに無いことだが、今日は何度も笑った。
急に光が射し込んだように、とても感動的だった。
お茶目なYさんは、「あれ!出口が無くなった!」とか「昔、家庭科得意だったんだ。」とか、
今日もおしゃべりだ。
誰かが作り終えるたびにみんなが拍手喝采。作品は次々ツリーに飾られていった。
体調不良の1人を除き、13人がみな自信作を仕上げた楽しいひと時。
2時間は瞬く間に過ぎた。参加者の活気と集中力、活き活きした表情に、
今後の確かな手ごたえを感じていた。
最近、ニットカフェなるものが流行っているらしい。
ニューヨークが発端の編み物ブームが日本にも波及し、編み物サークル的なカフェが人気なのだ。
手作りの楽しさと寛ぎのティータイム、そしてそこに居合わせた人との語らい。
それは、心の安定と和やかな表情を取り戻す、良薬と言えるのかもしれない。
月刊「病院」(医学書院)2006年4月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
11 ~ARTの効用~
「いつかぜひ、うちの病院にも来てください!アートのようなものが必要なのです。」
と熱く語ったのは、宮城県角田市にある仙南病院の本多正久院長先生であった。
地域医療、高齢化、医療制度といった難問に日々直面し、
改善の糸口がつかめそうな現場へはどこへでも飛んで行く、求道精神あふれる先生だ。
昨年、済正会栗橋病院で行われた私たちのホスピタルアート活動に
見学、参加してくださったのが最初の出会いだった。
それから半年後の今年3月、私たちは仙南病院へ赴くこととなった。
関連施設を含め3ヶ所で、人形制作のアートプロジェクトを実現したのだ。
最初に実施した仙南中央病院は精神病院で、統合失調症や認知症、知能遅滞の患者さんが多かった。
初めは一様に無表情の参加者24名は手を動かし始めると熱中し、
制作の過程でそれぞれ自由闊達な個性が見えてくる。
あちらこちらで明るいおしゃべりと笑い声が聞こえ、
参加者の顔は生き生きした表情に変わっていった。
続いて実施した高齢者施設はくあいホームと仙南病院は、いずれも高齢者ばかりで区別がつかない。
地域の病院は高齢化社会の縮図の様だ。こちらの参加者は無表情と無反応が一段と重症で、
すべてを諦め放棄しているような人も多かった。
しかし眠りから覚醒するように、徐々に参加者の人格が浮かび上がり、目に光がよみがえるのを感じた。
ずっとまどろんでいた男性が若い時の渡米体験を話し出したのも印象的だった。
そうなると、もともと和裁の素養や経験がある方々だけに、こちらが教えていただく立場に逆転し、
祖父母の傍にいるような不思議な温かさも感じるようになっていた。
自分の手を動かし、どう作るか頭と感性を使うこと。
そして人との交流と刺激があることの効果がたった2時間で確認できた気がした貴重な体験だった。
月刊「病院」(医学書院)2006年5月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
12 ~キッズレポーター病院に現わる!~
「病院がキライ!」
という子どもたちが、私たちのホスピタルアート活動を取材しにNTT東日本関東病院にやってきた。
横浜国立大付属小学校とコスモ石油らが共同で取り組む子どものための社会貢献教育プログラム。
その一環で様々なNPO活動を取材し社会的活動を学ばせる試みだ。
当院の岡崎渉先生らのご協力も仰ぎながらの2時間。
患者さんとのアートプログラムや院内空間を和らげる美化プロジェクトなど、
病院でのアート活動の概要を紹介した。
子どもたちは素直で真剣だ。
「なぜ始めたの?」「どんなふうに役立つの?」と直球の質問を投げてくる。
先生のお話の最中では「あ~あ。」と子どもたちが互いに顔を見合わせ首をすくめた。
後で尋ねようと用意していた質問の答えをいきなり先生に話されてしまったらしい。
そうかと思えば、「何か質問は?」と先生が問うと「何歳ですか?」と真顔で言う。
これには先生の方が拍子抜けした顔で可笑しかった。
「入院して少し笑顔を忘れた人の心を、アートでもう一度楽しい心にしてあげられたらいい。」
「病院に絵があったら楽しい気分になる。」
「色を変えただけで人がほっとする、アートの魔法みたいなところに興味を持った。」
というのが子どもたちの取材後の感想だった。
初めはおずおずと苦手な病院を訪れた子どもたちも、本院の明るい雰囲気と気さくな先生のおかげで、
帰る頃には屈託ない笑顔を取り戻していた。
病院/ホスピタルの語源は人をもてなすことだという。
また病院の原型はアスクレピオス神殿だと、ギリシャを訪れて知った。
美しい自然と気候風土の中、入浴や観劇も含めて行われた全人的治療。
その起源に触れて感銘深かった。医療とは本来、そうした人間的営みと自然に寄り添いながら
行われるのが理想的なのかもしれない。
子どもたちがそれを思い出させてくれた。
月刊「病院」(医学書院)2006年6月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
13 ~おかえりなさ~い!!~
全国の病院を繋ぐアートプロジェクトが今、展開している。
今年1年間にわたり、東京、宮城、大阪、広島等、全国14ヶ所の医療福祉施設において
自由闊達な人形制作とその展示を行うもので、
それら作品は次々と数を増しながら、次の病院へと巡回しているのだ。
病院と人々と作品と笑顔を繋いでいく全国規模の活動、ハッピードールプロジェクトは、
各地で生まれた爽やかな感動と温かなドラマをたくさん乗せて、10番目の活動へと向かっている。
先ごろ開催された9ヶ所目の開催地は福島県立医科大学病院であった。
院内併設としては日本で唯一という養護学校と小児科を、テレビ中継で繋ぎながらの同時進行。
幼児から中学生まで、患児と養護学校の先生方、保護者や看護士さんが輪になってにぎやかに、
それぞれの手作り作業を楽しんだ。
やんちゃなアッキー君は怪獣を進化させ続け、留まるところを知らない。
次々浮かぶ発想に手が追いつかない感じだ。人形作家を夢見て一心に手を動かす少女もいれば、
絶えず小鳥のようにおしゃべりしながら作る子もいた。
成人でもつらい病を、小さな身体で受け止めて生きなければならない子ども達。
日々いろんなことがあるに違いないが、子どもらしい自然な暮らしが伺えてほっとした。
それには、本院職員の明るい育みの姿勢も反映しているのだろう。
「おかえりなさ~い!」
と子どもが検査などから戻るたびに、元気な声が出迎える。
本田知史先生をはじめとする職員のみなさんの温かな声だ。
入院中の患者さんは優しい看護士さんを必要とするが、
もっと必要なのが笑わせてくれる看護士さんだと聞いた。
どうしようもない現実を慰めるより、笑い飛ばすほうが、力が沸いてくるものかもしれない。
かわいい子ども達と元気な先生方に見送られ、嬉しく、ちょっとテレながら病院を後にした。
月刊「病院」(医学書院)2006年7月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
14 ~七夕 やすらぎアート展~
「主人が病気(ガン)で苦しまないように。
主人らしく天国へ送ってあげたいので、神様よろしくお願い致します。」
昨年の七夕。病院の待合スペースに飾られた笹には、
夫への思いやりに満ちた、願いの短冊が結ばれていた。
その枝は、病や死と直面している患者さんや家族の方々の、
素直でささやかな願いの言葉で清らかに彩られていた。
「病気をとおして、幸せを見付けてゆくことができますように。」
「ごはんが美味しく食べられますよ~に!」
「1日1日を大切にしたい。」
病が人を育て、死が限られた人の生を輝かせる。
ホスピタルアート活動を通して、そんな側面を垣間見てきた。
病や死と直面して初めて気づかされることが多い。
残された時間を毎日精一杯生きるなかで凛として透明になっていく人もいれば、
五体満足でも不平不満のうちに漫然と過ごす人もいる。
果たしてどちらが幸せだろうか?そんなことも考えてしまう命の現場、
『病院』とは、なんと根源的なステージなのか。
NTT東日本関東病院で七夕の時期に行われる、患者さんの作品発表の場、「やすらぎアート展」。
その片隅に設置する笹の枝には、そうした『病院』ならではの深い言葉も多々見られる。
そしてこの展覧会は、回を重ねる毎に、来院者の方々に楽しみに待たれるようになってきた。
それは、制作者である精神科の患者さんたちの、人の評価を意識しない自然体の作品、
そしてパーソナルな心情や願いが反映されたやさしい絵が、見る人の心のバリアをはずし、
なごませてくれるからであろう。
また、病院内にそうした空間が求められているのも感じられる。
今年ももうすぐ七夕の季節。3年目の「やすらぎアート展」でもまた、
すてきな作品がたくさん並び、病院を訪れる人々の心をほっと和ませてくれることだろう。
そして傍らの笹は、どんな願いの短冊たちで彩られることだろうか。
月刊「病院」(医学書院)2006年8月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
15 ~ARTで改造-ビフォー&アフター~
最近、アートによる施設改善の依頼を様々な機関から受けるようになった。
病院も例外ではない。
ホスピスのバスルームをやすらぐ雰囲気に、小児病棟に楽しい壁画を、
また改善する建物に現代的なアート性を加味したいなど、要望は各病院ともに具体的だ。
確かに、既存の施設に大幅な改築など施さずに環境美化を図るとしたら、
アートほど効果的なツールはないだろう。
例えば、4年前から毎年関わってきた駒沢オリンピック公園の施設改善もその好例といえる。
外資企業の社会貢献の一環で行われる公園の美化活動に、私たちは毎年デザインを依頼されてきた。
公園のアートリノベーションだ。ビフォー段階では、ペンキのはげた暗い空間に人影もまばらなのに、
ひとたびカラフルな色彩とデザインを施したとたんに、人が惹きつけられ、どんどん集まってくる。
その前後で著しく変化する来園者の反応に、いつも驚き、感動している。
病院にもやはり、人が入りたくなるような美しく気持ち良い空間が求められていると思う。
昨日行われた済生会栗橋病院でのリノベーション活動もまた、その効果を再認識できる機会となった。
患者さんの増加に伴い、急遽新設することになった点滴室。
しかしそこへのアプローチに倉庫だった場所を使用せざるをえなくなり、
そこを少しでも心温まる通路にしたい、というのが病院側の願いであった。
相談の結果、ペンキが塗れる部分の壁にパステルカラーの水玉模様を描き、
配管がむき出しの天井も同様の模様を描いたビニールシートで覆うことにした。
翌日手術する患者さんもドクターも一緒に参加してのプロジェクト。
「病気も治りそうだ」
「明日の手術はもう大丈夫だね」
と冗談を言い合いながらの作業だった。
完成したカラフルな空間にはやはり、にこにこ顔の見学者がたくさん集まってきた。
明るい空間は人を呼ぶのだ。
月刊「病院」(医学書院)2006年9月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
16 ~海外ホスピタルアート事情~
病院に温かな空間やひとときを運ぶ、ホスピタルアート。
海外では、その効果やメリットに気づき、積極的に取入れている病院が多い。
今回はそうした例をご紹介したい。
子ども病院としてはロシア最大級(1200床)のロシア小児医療病院では、
難病の子ども達の治療に早くからアートセラピーを取り入れている。
病院内での創作活動は、子どもの不安や恐れを除き、
小さな命に絶えず圧し掛かる病の重圧から開放する効果が認められているのだ。
それはまた、子どもの身の回りの世話と家事に日々追われ、それ以上のケアをする余裕が無い、
母親の代役も担ってくれているようだ。
イギリスのアデンブルーク病院では、患者の回復を助け、
ストレスを和らげるためのホスピタルアートプロジェクト実施に、
専門家のキュレイターを年収37,000ポンドで配属したとして、大きな話題を投げかけた。
アメリカ屈指の名門大学病院でも様々な取組みを行っている。
エール‐ニューへイブン子ども病院では、患児を含む40カ国の子ども達の絵を、院内に常時展示している。
スタンフォード大学病院では、800点の美術品と200点のポスターを所有、展示するほか、
患者のストレスを和らげ精神力を高めるためのアートプログラムが実施されている。
またコロンビア大学病院では、6~18歳の患児対象のダンスや絵画教室、自転車競技などのプログラムも、
継続的に実施されている。
病院の枠や国境を越えた活動組織もある。
アメリカのアトランタに本拠地を持つホスピタルアート財団は、1984年の設立以来、
166カ国 800病院とのネットワークを結び、アクティブな活動を展開している。
私が手探りで本活動を始めた頃、財団代表のジョン・フェイト氏に素晴らしい活動だと
背中を押していただいたことが、今まで続けられた一つの力にもなっている。
月刊「病院」(医学書院)2006年10月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
17 ~ハッピードールのフィナーレ!~
今年1月からスタートした全国の病院をつなぐハッピードールプロジェクト。
それが今、無事フィナーレを迎えようとしている。
病院の枠を越えて人と作品と心が温かくつながることを夢見て半ば強引に始めたプログラム。
ふり返って考えれば、よく実現したものだと思う。
作品と展示パネルを収納した箱は、全国行脚の長旅でボロボロにはなっていたが、
その量は大幅に増え、豊かになって戻ってきた。
感慨深く眺め、このプロジェクトを支えてくださった様々な方々に心から感謝した。
作品数を増やしながらリレー式に次の病院へバトンタッチする人形作りと院内展示は、
以下13施設をつないだ。
NTT東日本関東病院(東京)
第一かもめ園(東京)
済正会栗橋病院(埼玉県北葛飾郡)
仙南中央病院(宮城県柴田郡)
はくあいホーム(宮城県角田市)
仙南病院(宮城県角田市)
宮城県がんセンター(宮城県名取市)
諏訪中央病院(長野県茅野市)
福島県立医科大学病院(福島市)
東京大学医学部付属病院(東京)
愛知県がんセンター(名古屋市)
広島大学病院(広島県広島市)
PL病院(大阪府富田林市)
どの人形も皆、味があって温かい。
各病院で出会った様々な人と笑顔を思い出す。
元気に退院した人もいれば、まだ入院している人もいるだろう。
先立っていかれた人もいるかもしれない。
誰も皆、いつか死を迎える。その瞬間まで笑いながら生きて、「ああ楽しかった!」と逝きたい。
全国の人々に創られ、ハッピーを増殖させ膨らんだハッピードール群団は、
同時代を今、生きる共感と慈愛を語っているかのようだ。
ちょっと無理しながら、温かな時間と空間を病院へ届けようとしながら、
一番大きな宝物を頂いたのは私たち自身だったような気がする。
そして、ハッピードール群団は今、フィナーレの展覧会で一般公開される。
(NHKみんなの広場ふれあいホールギャラリーにて 2006年12月11日~17日開催)
月刊「病院」(医学書院)2006年11月号掲載
ホスピタルアート実践レポート
18 ~クリスマスカードプロジェクト~
病院で入院中の子どもたちに、クリスマスカードを届けるプロジェクト。
始まって今年で4年目になる。
ジミー大西さんやひびのこづえさんなど、魅力的なアーティストとのプログラムで制作した
子どもたちの作品、満載のオリジナルカード。
そこに子どもたちやボランティアの手書きのメッセージを載せ、贈られる。
入院経験がある子どもたちは特に協力的で、何枚も書いてくれた。
カードを受け取る子どもたちの心が和んでくれれば何よりうれしい。
ふり返れば、4ヶ所の病院に95通のカードを届けることでスタートしたこのプロジェクト。
翌年は5ヶ所の病院へ281通を、昨年は9ヶ所の病院に651通のカードを届けるまでに広がってきた。
コスモ石油の社会貢献と、病院や子ども達の協力、そして私たちNPOの活動がコラボレーションして、
様々な思いやりの輪が広がっている。人への思いやりや愛情は、外に注いだ分だけ、
いやそれ以上に豊かになって自分に返ってくるし、その弁を閉じていると枯渇していくのだろう。
自分のことで精一杯だった子どもが、入院中の他人を思いやる小さな行為で、自己本位を少し脱し、
やさしさと心の余裕が芽生えてくるように思われるのだ。
クリスマスカードプロジェクトをはじめ、私たちのホスピタルアート活動は、
ここ1~2年を境に活動範囲が大幅に広がった。
それは私たちが経験を重ねたことも一因ではあろうけれど、何よりも世情が変化してきたのだ。
最近は、活動の依頼だけでなく、TVや新聞の取材も増え、一般的な関心事になってきたことを物語る。
気づけば大学の講義科目に登場し、研究会も設立されるようなフィールドにまで育ってきたのだ。
他の活動団体が目だって増えてきたことも心強く、今後の活動がますます楽しみになってきた。
本活動紹介の機会を下さった本誌に心から感謝しつつ、実践レポートを終えたい。
月刊「病院」(医学書院)2006年12月号掲載